九州大学 未来を拓く博士人財育成プログラムK²-SPRING
本学の博士課程学生支援プロジェクトK2-SPRINGが「未来を拓く博士人材育成のためのオープンプラットフォーム型教育システムの構築(K-SPRING, 2021~)」に続きJST次世代研究者挑戦的研究プログラム (JST SPRING, Support for Pioneering Research Initiated by the Next Generation)に採択されました。
SPRING事業は、我が国において経済的不安とキャリアパスの不透明さ等の理由から、修士課程から博士課程への進学者数及び進学率が減少傾向にあるという危機感のもと、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(平成 20 年法律第 63 号)に基づいて実施される政策であり、次の課題に取り組むものです。
1.わが国科学技術・イノベーションの将来を担う優秀かつ志ある博士課程学生への経済的支援を強化するとともに、修士から博士課程への進学を促進すること
2.博士人材が社会で幅広く活躍するための多様なキャリアパスの整備を進めること
3.既存の学術的枠組みを超えた挑戦的・学際的な研究が生まれるしくみを博士課程教育プログラムに導入し、21世紀社会の要請を踏まえた博士課程教育改革を戦略的に推進すること
学術は “知”の限界に挑み、未踏の分野を拓く営みです。“知”は人類の宝であり、国力(科学技術力、経済力など)の源です。学術の振興は、国家の最重要事項と言えましょう。わが国はかつて「ものづくり」で高度経済成長を成し遂げ、「科学技術立国」として世界を先導する多くの成果をあげてきました。一方、この30年ほど一人当たりのGDPは低迷しつづけ、科学技術分野においても、国際競争の中で我が国のプレゼンスを失いつつあると言われています。この状況の中、わが国の経済・産業を再生・復活させ、我が国及び人類社会の将来の発展をもたらすためには、持続的に科学技術・イノベーションを創出することのできる優秀な人財が求められています。
このような人財は、高度な専門的知識と倫理観を持ち、物事の本質を捉え、鍛えられた論理的思考とチャレンジ精神で解決する力をもち、主体的に新たな「知」を創り出し、さらにその「知」から新たな「価値」を生み出して、既存の様々な枠組みを超えグローバルに活躍することができる「知のプロフェッショナル」です。このような「知のプロフェッショナル」となるべく高度なトレーニングを積んだ博士人財に、我が国の将来の発展を担う活躍が期待されている所以です。
九州大学K2-SPRINGプロジェクトは、以上のような背景のもと、K-SPRINGで創製した教育プログラムをさらに進化させるとともに、2024年度新たに採択された九州大学 次世代AI人材育成プログラム(K-BOOST)、九州大学フェローシップ創設事業(グリーンイノベーション、量子、マテリアル)と連携しながら本学博士課程における新しい“創発の場”を構築して、これからの我が国を先導することのできる卓越した博士人財の育成と輩出を目指します。
1. 未来創造コースとMIRAI-SDGs
― 十分な基礎学力に支えられた高い研究能力と俯瞰的視野・分野越境力と総合力を ―
博士課程の皆さんには、感性豊かに、誰もやっていない独創性の高い研究を目指し、本学の学術研究の先端を担っておられることと思います。顕在化している課題を解決する研究もあれば、0を1にするような挑戦的な基礎研究に取り組んでいる方も居られることでしょう。博士課程で集中して研究をすすめることのできる時間・環境はとても貴重なものです。
一方で、俯瞰的な視野から自分の研究を位置づけ、専門の異なる院生とのディスカッションを通して自分の研究の意義を自らに問い続けることによって、皆さんが進むべき方向や新しい着想も生まれてくるものと期待されます。皆さんが近い将来、博士の学位を取得して活躍する社会は、好む、好まないにかかわらず国際的な競争の中にあり、複雑な社会問題を解決するためには、博士人財として国際的に通用する俯瞰力・問題解決能力・コミュニケーション力・リーダーシップなどの力量を身につけていなければなりません。本プログラムにおいては、このような力量を培うために、自由で挑戦的・学際融合的な研究に感性豊かに取り組み、その能力を大きく高めることのできるオープンプラットフォーム “未来創造コース”に所属して戴きます。本コースにおいては、皆さんが自らの研究テーマをSDGs課題と結びつけ、関連の深いSDGsクラスを選んで学際融合クラスを編成します。このSDGsマトリックス分類型プラットフォームでは、自らの専門と異なる分野における同世代の院生や多部局の教員とonlineベースで知己を得、他分野の研究内容と背景を知るとともに、互いの研究の意義や将来展望を理解し、議論していただきます。これにより、皆さんが広い学術分野に対する俯瞰的視野を獲得し、さらに自主的に新しい学際融合領域の共同研究を提案・実施することを期待しています(創発科目A・院生融合プロジェクト)。例えば、人文社会系と医歯薬理工系のコース生がSDGs課題を共有し、その課題解決に向けて専門に閉じない闊達な議論や有機的連携を行うことができれば、人文・社会科学の知と自然科学の知の融合による人間や社会の総合的理解と課題解決に貢献する「総合知」が生まれる契機になるものと期待されます。
2. K²-SPRINGの新しい挑戦
創発科目Aにおいて、所属や専門の異なる院生が互いに越境して議論することにより得られたアイデアを基に、「院生融合プロジェクト」では院生チームによる学際的研究提案を募集します。既にK-SPRINGでいくつかの研究チームが「院生融合プロジェクト」研究費を得て学際的な融合研究を遂行しています。
K2-SPRINGではこの「院生融合プロジェクト」をいっそう推進すべく、K-BOOST生の参画を得て「AI共創型越境科目」を実施します。この科目は、AI等を利用して、専門の異なるコース生が、対面でのブレーンストーミングを通じて新しい学際研究のアイデアを育み、最終的に「院生融合プロジェクト」の提案・実施につなげることを目指すものです。MIRAI-SDGsプラットフォームを基盤に、既存の学術の枠組みや技術の延長にない、九州大学発の新しい学術・科学の芽が生まれることを大いに期待しています。
また、官公庁や企業からMIRAI-SDGsに参画いただくコンソーシアム会員との連携を促進すべく、コンソーシアム会員から提供される社会課題に対する解決案をレポート提出する創発科目B、優れた提案については実際にインターンシップにより実施する創発科目Cなどの新しい構想が盛り込まれています。社会課題の現場である産業界からの視点を得ることは、世界を自分のステージを捉えたとき、どんな目標を持つべきかなど、自らの将来をより明確にイメージすることに役立ちます。また、本プログラムを介して多様なキャリアパスの構築につながることも期待されます。本コースにおける皆さんの+αのチャレンジに対し、九州大学では皆さんには生活費相当額と若干の研究費を支給します。
3. 未来創造コースで提供する様々なキャリア開発・育成コンテンツ
本コースでは、皆さんが将来多様なキャリアパス・マルチステージで活躍するために求められるコンピテンシーを育成するための様々な「キャリア開発・育成コンテンツ」を提供します。
例えば、自身の博士研究課題とは異なる研究分野の「リサーチプロポーザル」に取り組んでいただきます。本プログラムは、既にいくつかの部局で長年実績をあげてきた博士教育プログラムであり、皆さんが専門分野を超えて「創造的な」活躍をすることができる人財であることを、九州大学として“質”保証しようとするものです。
皆さんが博士の学位を取得して活躍する社会は、現在の延長上になく、不確定要素はあるもののAIの普及、人口の減少などによって社会のあり方自体が大きく変わるでしょう。科学技術の進化も加速され、皆さんが将来、産業界、官公庁やアカデミアをはじめとする様々な場で活躍するとき、現在の博士論文研究テーマや専門分野を固持できる可能性は多くないと思われます。「リサーチプロポーザル」は、将来にわたって皆さんが俯瞰的視野から複雑な問題の本質を見極め、それを解決する提案力を身に付け、どの分野であろうと未来を切り拓く力を身に付けるためのトレーニングです。
2040年代以降の日本は、10人に4人近くを65歳以上の高齢者が占めると予測されています。このように長寿化する社会では、Lynda Grattonらが著書“Life Shift” 1)で述べたように、従来の「学習→仕事」「仕事→老後」という二段階移行がマルチステージ化してゆく可能性があります。すなわち、皆さんの人生において、ステージ(キャリア)の選択肢が劇的に拡大しうるのです。博士人財たる皆さんには、常に学びつづけ、新しい知と能力・スキルを刷新し、来るべき我が国の百寿社会で活躍し続けていただきたいと思います。
4. 学際性・融合性に対する私たちの基本的な考え方
本プログラムでコース生に支給する研究奨励費は、コース生自身のアイデアに基づく、自由で挑戦的・学際融合的な研究(提案)に対して支給するものです。指導教員の研究あるいは教員の示唆による博士論文研究そのものを支援する趣旨ではありません。学際性や融合性は、それが必要となる環境におかれて考えることではじめて育まれるものであり、誰もが最初から備えているものではないと思われます。皆さんは、大学に入学する前は、人文社会系から理工系に至る、様々な教科を広く学ばれてきており、物事を俯瞰的に眺める素地は備わっています。本コースにおいて、異なる研究分野の院生や教員、企業コンソーシアムメンバー等と、新たな人的ネットワークを構築する機会を共有し、分野を超えた研究を考える経験は、将来、皆さんが答えのない様々な局面を突破してゆく上で必要な、俯瞰的な視野と様々なスキルを与えるのみならず、将来にわたって扶け合うことのできる一生の友人を得ることにつながるでしょう。
哲学や歴史、経済などの素養を持ち、人間の幸福はどうあるべきかの思索も含めて科学技術の社会的なあり方や価値を考え、新しいアイデアや技術を造り上げる力を持つ人財、困難や逆境から立ち上がり成長するための能力(レジリエンス)を備えた博士人財は、これからの社会においてますます必要とされるでしょう。皆さんが本コースで培ったスキル、人のつながりという財産を基に、我が国の将来における科学技術の展開やイノベーションに寄与していただくことを切に願っています。
1) リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット、池村千秋訳、Life Shift―100年時代の人生戦略、東京経済新聞社(2016)